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フェースブック 2013年8月   2013.08.31

3 8月30日8月 1

知人と昼食。照りつける日差しの強さ、半端ではない。

話題は、先日終わったばかりのアクアセラピーシンポジウムのこと。反省や課題が多い。気が滅入ります。話題を変えてみるのですが、なぜか、堂々巡り。要するに気持ちに余裕がないワケです。ガック…。

こんな時、写真のような場所で食事したですネ。


8月 2
8月 2-2

2 8月24日

ブラジル中部コールチバで開催された水泳指導者会議。学童児への水泳初心者指導法の公開デモ。考え方の違うメソードの比較研究。今後の課題や改善を探るのがテーマとのこと。

日本でもスイミングスクール最盛期にはこのような集まりが結構ありました。議論伯仲、深夜に及んだことも度々あります。自由な話し合いと比較研究が容認される時。こんな環境があれば互いの指導力は向上し、進歩発展するものです。

さて、いまはどうか。異なった思考と見解。議論と比較。そんな自由さが許される環境ですか。ご意見をコメントください。

東京国領での金子スイミングスクールで行われた初心者水泳指導法会議。ヘルパー指導法の故波多野勲先生と非ヘルパーの故金田平八朗先生。明かりがコウコウと照らされたプールでの白熱した二人の議論。プールサイドに集まった熱心な人々。中央線最終電車ギリギリまで続きました。あの人々のエネルギーの源泉は何か。どこから湧き上がってきたのか。今から30数年前。あれがあったからこそ今がある。生涯、思い出に残る一日です。

波多野説と金田説、終生“妥協”することはなかった。が、金子スイミング理事だった伊東さんの肝いりで新宿で「仲直り会」が行われました。小ぶりな会場には入りきれず、路地まではみ出す程。たくさんの両陣営の“弟子たち”が集まり、大酒盛り。明け方まで続きました。弟子たちの中から、その後、五輪メダル泳者のコーチへ、TV水泳解説者へ、水着メーカーの営業本部長へ、両先生をしのぐ出世をした方が何人もいます。

[コメント] 田沼 栄一さん
私は現在、民間のスイミングクラブで水泳を指導していません。仕事の9割がアクアエクササイズです。しかし、私のベースは水泳コーチですのでコメントいたします。小学校時代から通ったスイミングクラブに20歳の時に就職しました。波多野説のヘルパー法です。しかも、波多野先生が書いた水泳教室にほぼ忠実の指導法です。ヘルパー法で育ったので、コーチになった時は何にも違和感無かったです。ヘルパー法であっても、クラブさんによっては波多野説をアレンジしている事が多く、他クラブのコーチと議論しましたね。でも最終目的は皆同じなんですね。波多野説も金田説も。そして、こういう議論する場を作る事がヘッドコーチ、クラブ支配人に必要ではないかと思います。

[コメントへの返事] 今野 純
「生き方は”マインド”で決まる」などとよく言います。その通りだと思うのですが、そのマインドとは一体何でしょうか。マインドのベースは”信念”。自分にとって「正義」と同じ。であれば、そう易々と変えられないワケです。もともと信念のないヒトは論外ですが、信念がブレるヒトは信用できません。二人の先生(波多野&金田)は終生、マインドを持っていた。誰が何と言おうと…屈しなかった。あの二人はあの世でも、あの日のあの時ように、プールで、頭から”ユゲ”を出し、口から”アワ”を出し、手で水面を叩き、考え方の違いを論じていることでしょう。運良く、こんなワタシでも”あの世”へ行けたら、一度、二人を訪ねたい。合掌

[コメント] Eiji Katoさん
私も故波多野勲氏の息子宏と共にヘルパー考案の前段階、ドーナツ状のビニール玩具に、綿の紐を胴廻りサイズに切り日本鋼管水泳教室で冬に外の冷たいプールで泳ぎ実験台になっていました。ちなみにビート板は木製で木組みで洗濯板の様でした。もちろん実業団日本鋼管のトップスイマーも使用しておりました。

[コメントへの返事] 今野 純
その玩具、思え出ますヨ。ビート板も…ネ。波多野先生がまた日本鋼管時代、私は鋼管プールを何度か訪問してます。懐かしいですね。あの時代を知っているとは…。これからもどうぞ宜しく。


1 8月13日

8月 3
8月 3-2

二年に一度。6回目となった今回のアクアセラピーシンポジウム。熱い三日間が終わりました。

講師の大役を快く受けてくれた皆さん。汗なのか涙なのか…顔をクシャクシャにして頑張ってくれたボランティアスタッフの皆さん。そして、全国からご参加して頂いた、熱心な受講者の皆さん。三者三様のエネルギーが一つになりました。心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

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