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【NEWS】 facebook journal  2019年7月より  2019.07.18

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■ 発想の転換 アナザー・ザ・ワールド 19/07/18 2

半世紀前、国立フィリピン大学体育学部で3年間働きました。持参した本は数冊。その一冊が『発想法』(川喜多次郎著)。貪るように読み、実践しました。分化人類学の京大教諭が考えたブレインストーミングの手法。KJ法と称される発想法です。日本から持参したKJ法で使用する“京大カード”が直ぐに無くなり、実家から数回送ってもらいましたが、間に合わない。似たような紙を探し、自前でカードを作りました。日々、水泳指導の中で気付いた事をメモ。帰国してからもこの習慣は続き、後々「スイミングコンセプト」として一冊にまとめました。

サラリーマンの時に熟読したのが『アイデアのつくり方』(ジェームス・ヤング著)。アメリカ大手広告業の売っ子アイデアマンがノウハウをあかした一冊。手垢で汚れるまで読みました。近年、入手した『ひらめきスイッチ大全』も面白い。結構売れた本のようですから、読んだ方も多いのでは…。“大全”と言うぐらいですから過去の事例が豊富に載っている。分り易い。その時代で注目された有名無名の発想法が網羅されています。先が見えない今だからこそ、発想を変える。視点を変える。“Other the World”が見えてくるかも…。

アイデアにお困り方にはお勧めです。


■ 大人になったら長所で勝負 19/07/18

誰しも長所があり、短所もある。周囲から切れ者と言われるヒトでもカミソリ型とナタ型がある。切れ者ではなくても、自分の得意を活かす事が何より大事。もっと長所を伸ばす。短所ではない。短所を気にすることはない。欠点のないヒトなどい誰一人いない。自信のある事、役に立てる事、興味のある事に時間と労力を使う。大人になったら長所で勝負する。


■ 質問力が人生を拓く 19/07/17 2

「質問力」は仕事でも人生でもとても役に立ちます。よい質問は「たっだ1秒」で局面を変えると言われる程です。講演でも講義でも会話でもスピーチの良し悪しを推し量る一つは、受講者や相手からの質問の数です。質問が無いと言う意味は中身も無かったから…とも思えます。では、上手な質問はどんな時にすればイイのでしょうか。例えば…

|相手の本音を聞き出す|聞きにくいことを訊く|相手に決断を迫る|論理的に攻める時|相手に行動を促す時|相手と打ち解けたい時|話を上手く切り出したい時|など…

タイミングよく上手な質問をすると効果バツグン。では、どのような質問の仕方がイイのでしょうか。例えば…。

|仮に△□だとしたら、どう思いますか?|そもそも△□とは何ですか?|もっと△□を詳しく教えてください?|△□をどう観てますか?|△□についてこう考えてイイのでしょうか?|など…

逆に質問を受ける側が答えやすい条件も知っておくと便利です。例えば…

|外見が魅力的なヒト|自分と似ているヒト|自分を誉めてくれるヒト|過去に何度か会っているヒト|自分と同じモノやコトを好きなヒト|など…

共通点や類似点が多いと相互に得るものが大きい。これも心得ておかねばなりません。質問力を養いましょう。


■ 四匹目のサル 19/07/17

自分に都合の悪いこと、人の欠点や過ちなどは、見ない、聞かない、言わないのが良い。耳は人の非を聞かず,目は人の非を見ず,口は人の過を言わず。古今東西、人間関係を良好にキープする秘訣。が、昨今、4つ目のサルが登場。人間関係を無視。人の非も良も興味なし。これまでとは全く異なるサルらしい。、


■ 日韓の溝はいつどこで生まれたか 19/07/14 2

2001年、縁あって障害者福祉施設「ソウル・リハビリ&スポーツセンター」(現ハイドロセラピー・センター)の海外顧問の一人になった。経営母体はカトリック教団。経営陣はシスター。設立間もない頃でした。壁に掲げられていた3つのスローガン(心を自由に|能力を堂々と|人生を大切に)がとても気に入りました。

以後、毎年招かれるようになりました。沢山の若者(主にPTたち)と交流が深まり、親しくなりました。2002年の日韓ワールド杯は“劇的”な変化を齎しました。政治では越せなかった日韓の高い「壁」をスポーツではいとも簡単に越せる。現実を実感した瞬間でした。

さて、多くの交流の中で多様で複雑な韓国の若者たちの日本への見方や感想を私なりに学びました。

なぜ戦後70余年も経つのに未だに日韓での歴史観が違うのか。事の始まりは日韓併合(1910年)です。日清戦争(1894年)で勝った日本。初の植民地統治が韓国でした。第二日本国を建立する勢いでした。何と、苗字・言葉・文字・宗教・習慣、考え方まで強要。他に例のない徹底した植民地統治でした。この悍ましい韓国の日本化は終戦(1945年)まで続いた。この間、傷つき、痛み、失った朝鮮民族のアイデンティテー。今も癒されていないと彼らの多くは思っているワケです。

日本は勝ったと言い、ロシアは負けてないと言う。要は“引き分け”だった日露戦争(1904年)。ロシアは広くて豊かな満州から撤退。これを契機に日本の統治が始まった。満州への通り道としての朝鮮半島。地政学的な要地なので余計傲慢に圧力を掛けた。その結果、今も日韓の大きな溝なっているのです。

東アジア史に詳しい方から要約過ぎるとお叱りを受けるかも知れません。が、敢えて言えば、これが韓国から見た日本です。100年前、欧米列強と肩を並べようと力み、驕り、彼らを軽んじた統治政策。「過ぎたるは及ばさるが如し」だったワケです。


■ 日韓はトランプ家の愛犬か 19/07/14

今朝のCNNニュースによると、イギリス大使を“役立たず”と辞任に追い込んだトランプ大統領。何とツイッターでの呟きが発端らしい。過日、板門店(南北軍事境界線)での“歴史的”が出来事でもツイッターで呟いています。名指した訳ではないが、同じフレーズで茶化した。つまり、イランとの仲介に失敗した“役立たずの愛犬”(?)と…。38度線での仲介に成功した“役に立つ愛犬”(?)と…。バカにした言い方です。

そして、韓国の徴用工に端を発した戦後賠償問題を日本は安全保障問題へとすり替えた。だから彼らは“狡いんダ”と両国が反発。韓国では日本製品の非買運動が起こっている。日本では制裁処置は当然と支持層が増えている。

日本は徴用工問題を国際裁判所へ。韓国は安全保障問題をトランプ大統領へ。矛先をすり替えた日本政府の対応。ブレた言い訳がマズかった…。

どうなるニッポン。どうするニッポン。


■ インテリジェントの本質 19/07/13

人口知能(AI)が社会の中にジワジワと入り込んでくる。街のいたる所にカメラが設置されている。乗り物の中では殆どの人々がスマホと睨めっこ。情報がすごいスピードで視覚化されている。怖いようでもあり便利でもあります。

さて、そんな時代、ヒトの知性(インテリジェント)はどうあるべきか。知性の基礎は3つだけ。アレもコレもではなく、アレかコレかの「集中力」。事実なのか、見解なのかを見抜く「思考力」。そして、新たな発見よりも既存の組み合わせで価値を生み出す「創造力」です。

では、どうすれば創造力とやらを得られるのでしょうか。①役に立つ情報だけを選ぶ。②いつもと違う視点で見る。③考え抜く。そして④忘れる(リラックスする)。この4つが基本だとされています。

画期的な価値を生み出し、閃きを得る限界世代は40代までらしい。確かにノーベル賞受賞者の殆どが30~40代で閃いています。それも成功した事ではなく失敗した事がヒントになっている。限界世代を過ぎた人々でも、仕事や生活を少し改善するグッドアイディアを閃くのならまだ望みがあるかも…。

20~30代の若者よ。失敗を恐れるな。失敗がヒントになる。イイ情報を得る。視点を変える。とことん考える。そしてリラックスする。やってみる価値はある。ガンバレ…。


■ パイプ片手の論客 逝く 19/07/12

男子アイドルグループを次々に世に送り出した芸能プロダクションの社長の死去(享年87歳)。TVニュース番組が特集報道する。芸能プロ事務所名は知ってたのですがの社長の顔を見たのは今回が初めて。エンタテイメント界の“仕掛人”の一人でしかない彼を何故に各局とも大きく取り上げるのか(?)。その異例の扱いに驚きました。そして、彼が育てたとされる人気アイドルたちの安っぽいコメントの数々。褒め過ぎの言葉に不愉快さすら感じました。

それに比べ、地味過ぎる訃報。竹村健一さん死去(享年89歳)。70~90年代、数々の流行語を生んだメディアの寵児。発想法や仕事ぶりが型破り。日本テレビの人気番組『世相講談』ではデビュ―間もない小池百合子さん(現都知事)がアシスタント。関西弁で捲し立てる毒舌が大人気でした。

彼は戦後間もないフルブライト留学生第1期生。「英文毎日」の記者。歯にモノ着せぬ本音トークで大ブレーク。テレビ&ラジオのレギュラー番組が何と月95本。著書200冊以上。まさに保守派を代表する超売っ子コメンティターでした。

青年時代。彼の考え方や生き方に影響を受けました。手帳一冊で勝負する彼の姿に憧れました。今も手帳は一冊です。

ご冥福を祈ります。合唱。


■ 夏はスイカに限ります 19/07/11

夏の風物詩スイカ・ジュース。勿論100%。水分豊富でミネラルや天然の糖分がたっぷり。

東南アジアはスイカが旨い。中でもタイのスイカは格別です。が、道端や夜のマーケットで売られているスイカ・ジュースは要注意。容器なのか氷なのか、どっちもなのか。とにかく、お腹を下しやすいのでお勧めできません。きちんとしたレストランなら大丈夫。安心して何杯でも飲めます。今回、チェンマイへの旅ではスイカは数回食べましたがジュースを飲む機会がなかった。残念。チェンマイはタイ北部。気候の所為かも知れませんが、バンコクほどの上手さはなかった。

近年、コンビニでも季節限定でスイカ・ジュースが販売されるようになりました。味も結構イイ…。暑い夏、体を冷やしてくれて汗で失われた塩分やミネラルが補給できるスイカジュース。夏はスイカに限ります。今から楽しみです。


■ 壁を破った栄功のスイマー 淋しいサストシーン 19/07/10

ジョニー・ワイズミュラー。男子100M自由形で世界初、60秒の“壁”を破ったヒト。1920年、彼が20歳の時です。1924年に引退。その間、9回、世界記録を樹立した。引退後、ハリウッド映画へ。「ターザン」の当り役で大スターへ。水泳史上に残る名スイマーです。が、晩年、不幸が続き、淋しく世を去った。


■ ズレはいつから始まったのか 19/07/09

街角には参議院選立候補者の顔写真がズラリ。どこの党もスローガンはほぼ同じ。社会保障制度(医療・年金・介護)の改善が最優先。過日、金融庁が出した年金プラス2000万円云々。夫婦二人が健やかなに暮らすにほそれなりのお金が掛かる。その金額がどの程度なのか。よく分りません。が、お上から高飛車に“宣言”されると腹が立つ。波紋が広がり、選挙戦のターゲットになりそうな大問題化しています。

健康な場合であってもそうだと言うのですから…。病気をしたり、体調を崩したり、ボケたりしたらその金額はプラスα。気が滅入りますネ。

少子高齢化社会の到来。人口減少。経済の伸び悩み。毎年繰り返す異常気象と自然災害。急激な変化への対応の鈍さ。政財界人のリーダーシップの曖昧さ。人々のマインドの弱さ。知らず知らず社会基盤にズレが生じている。いつどこからズレたのか。なぜズレたのか。このままでイイのか。修正や改善が必要なのか。容易には答えがみつかりません。

先ずは、一人ひとりが自分の国の未来を考えてみる。そして、投票所へ行く。それが始まりの始まりです。


■ タイでの5日間、3つのワークショップ 19/07/05 2

東京→バンコクが6時間。バンコク→チェンマイが2時間。古都チェンマイに10日間滞在しました。前後に休日2日間。が、その間、3つのワークショップを行いました。


■ Dr.プラパスの情熱と実行 19/07/05

国立チェンマイ大学医学部理学療法科元准教授プラパス・ポットホンスムン博士(Dr.Prapas Pothongsunun)。退任後、私財を投じて建設したハイドロセラピーセンターです。在任中、指導研究してきた事を実践する。水中運動療法の効果を世に問いたい。そんな熱い思いが実現した施設です。熱意と実行。これからも微力ながらお役にたちたいと思ております。

詳しくは こちらへ ↓↓↓
https://www.aqua-adi.co.jp/info/39239.html


■ 日本人の気質とは 19/07/04 2

ハイドロセラピーセンターでお世話になったタイ女性。タイ人の名前は長く、直ぐには覚えられない。彼女は周囲の人々から愛称を込めて“TAM”と呼ばれていた。

彼女はセンターのスーパーバイザー(自称)なのだそうです。センター長のDr.プラパスの元患者。水中治療で完治。その恩返しにボランティアスタッフとして働いている。細々と多岐に渡り、お世話になりました。大変キレイな発音で流暢に英語を話す。そのワケを訊いて納得。バンコク出身者。幼い頃から英語を学んだ。大学卒業後、貿易会社に勤務。ご主人が体調を崩し、ご主人の故郷チェンマイへ移住。介護。が、2年前に他界したとか…

彼女の父親は教育者。50年前、九州・福岡へ。日本の初等教育を視察に来た。その時、頂戴した博多人形。優美で精巧な造りをとても気に入り、生涯、大切にしたとのこと。人形づくり一つについても日本人の気質が脈々と息づきている。働くことに誇りを持っている。勤勉で半端な仕事はしない。それが日本人の最も優れた特性だと父親から教えらたのだそうです。嬉しかった。

200年前、アジアの殆どが欧米列国の植民地だった。が、日本とタイだけは例外。独立国を貫いた。もし、欧米に屈していたら、日本は世界三強(中国・ロシア・米国)と戦うことはなった。その結果、どうなっていたであろうか…。

その日(帰国前日)の午後。TV中継を観ました。北と米が国境会談したあの“歴史的”な臨時番組です。気まぐれなトランプ劇場の一幕。何と「役立たずの愛犬」(イラン仲介に失敗?)と「役に立つ愛犬」(DMZで仲介に成功?)などと揶揄表現。冗談にも程がある。腹が立った。無礼者。