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勝たなくていい、負けなければ… 桜咲く、熊本に  2011.05.06

~特発性脊柱側彎症少女の矯正手術回避を目的としたアクアセラピーが問いかけるもの ~

by (株)パルフィットシステム代表 古賀眞澄

熊本県在住の少女Aちゃんとの初めての出会いは、2008年5月2日でした。年令12才、身長144.8cm、体重33kg、小柄で痩せた中学1年生です。母親の話では、小学1年生の夏休みに始めて地元の病院を受診し、大学病院を紹介され装具を着けたが痛みがひどく、3日だけしか出来ませんでした。次の病院でも装具を作り6ヶ月寝る時だけ着けましたが効果は有りませんでした。それ以来、装具は使っていませんが、たまたま医師が「水泳は良いんじゃないかな」との言葉が心に残り、地元フィットネスクラブに問い合わせました。

 しかし、側彎症児の水中運動療法の指導が出来るコーチはいませんでした。その後中学校に入学後、4月中旬に背中の異常に気づきました。知人の紹介で私と知り合いました。 この状況を相談されたのですが、私は大いに悩みました。先ず、社長・研究者・指導者の三役をこなしていた時期でしたのでパーソナルのアクアセラピーの指導時間を確保できるかどうか。次に特発性脊柱側弯症に対して運動療法及び水中運動療法(アクアセラピー)が有効であるというデータが見当たらず、当然そのメソッドもプログラムも誰も知らないし、実際の取り組みの事例も無いのです。分かった事は「原因も、運動療法の有効性やその方法も分からないということ」が分かったのでした。「脊柱固定手術を回避したい」との家族の願いに応えられるかどうか分からないというのが現実です。断ることもできたのですが、「義」により、引き受けることにしました。

リスクを負う覚悟をした理由は「運動は全く治療効果が無い」と言われる状況の中、水中運動の可能性を示す義務が運動屋として有るだろうと考えたのです。とはいえ、何をどう始めるか方向が見えません。そこで、AD研今野所長、Muの矢野さん、長谷川さん、ATRI・Ruth Sova会長、そして、フロリダのATSでアワードを受賞したMarty Biondi氏と多くの先輩方から助言とアイデアをいただきました。その後試行錯誤を繰り返しながら月に5-6回のトレーニングを行いました。4ヶ月後、8月末までに21回のパーソナルトレーニングを行いました。そして、9月初めに、主治医の清家スポーツドクターの診察を受けた結果、「胸郭は保持されており心臓も肺も圧迫されること無く異常なし」との評価でした。今後のトレーニングプログラムの内容や強度、頻度について質問すると「今の調子でいいですよ。続けてください。」との事でした。

半年後の10月31日の診察では、「脊柱の角度悪化なし、胸郭保持・心肺機能に異常なし。手術の必要無し!」との評価を受け、何とか6ヶ月の壁を越えることが出来ました。その後翌年の5月でちょうど1年を迎えました。年令13才、身長147cm(2.2cm伸長)、体重38kg(5kg増加)、Cobb角の改善は簡単には出来ませんが、心臓と肺の機能は水中運動で培った筋肉で守られています。1時間のプログラムですが、私も目一杯に知識・技術・経験を引き出されます。原因も治療法も不明の疾患ですので毎回アクアセラピーの原理原則に立ちながら、直感と創造力が要求されます。「答えは常に今、この水の中に在る」ことが解ってきました。


それからの2年、運動強度を上げながら、柔軟性と筋の連動能力を向上させ、ついに2年半後に骨の成長が止まり、側彎の進行は終わったのです。その後は、パッシブからアクティブにトレーニング内容を切り替え、3年間の仕上げをしました。これまでに取り組んだアクアセラピーのメソッドは[アイチ、バックハーブ、ワッツ、ムボーン、バットラガッツ、アレクサンダースイム、ハイドロトーン、最後にグローブとフィンでのパワースイム]

 Aちゃんの中学校入学後から始まったアクアトレーニングは卒業そして、希望する地元高校への進学で、目標とした固定手術回避を達成することが出来ました。桜が咲いたのです。 今後は3年間のアクアセラピーを元に、週1-2回は泳ぎに行くことになっています。

 今回のケースは、「運動療法は全く効果がない」と断じている医療のガイドラインに対して、一石を投じることが出来たと思っています。但し、医療界が運動療法にも効果が有ると認めるには、三桁のケースが必要でしょう。 Aちゃんのアクアセラピーで私が学んだのは、疾病や障害を敵とせず、どう現状を維持していくか、悪化を防ぐ為に身体と心の声をしっかりと聞き、焦らず弛まず粛々と取り組むことが大事だということです。

「勝たなくていい、負けなければ。」この言葉は、私が合気道に入門し、師範に教わった言葉です。疾病や障害に勝とうとするのが「医療」、負けないのが「アクアセラピー」です。そして、「愉快に稽古すること。」これは開祖の言葉です。多くの先輩や仲間から具体的な助言、励ましをもらいましたが、謂れの無い誹謗・中傷や嘘もありました。

原因も治療法も分からないような難病の場合、一個人・一企業が対応するには伴うリスクが大き過ぎます。これからは、医療と連携するのは当然として、複数のセラピストでチームを組んで取り組み、そのプロセスも結果もアクアセラピスト全体で共有し、全体の質を上げていくプロジェクトの立ち上げが必要な時期に来ているような気がします。

以上